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名古屋の移り変わり@名古屋市博物館

ちょうど授業での教材になっているとのことで名古屋市博物館での「なごやのうつりかわり」展へ行ってきました。「交通」「市の面積の広がり」「名古屋の中のくらし」「道具やくらし」のカテゴリで70年ほど前からどのように変わっていったかをとらえたものです。明治22年(1889)に市制を開始した、市の面積は13.34平方キロメートル、人口15万7496人で、昭和39年(1964)に現在の市域と同じ範囲となり、現在では326平方キロメートルの面積に、230万人 程度の規模になってます。昔は今住んでいる中村区のあたりはまだ名古屋市ではなく今の中区、熱田区+中川区/港区付近が名古屋市のスタートであったようです。今のの名古屋駅のルーツは明治19年だったので先に東海道線の名古屋駅が出来たことになります。なんといっても交通関連では路面電車が地下鉄に置き換えられていったことと自家用車の普及が大きなニュースです。名古屋は政令指定都市の中でも道路率が18%と全国一で日本でたった3本しかない100m道路の内2本が名古屋にあります。それが久屋大通(112m)と若宮大通(100m)。いずれも中央分離帯が公園として活用されていますがもともとは防災のための意味合いで名古屋の戦災復興計画の一環だったそうですが実現のために 市民に金額を負担しての立ち退きなど相当苦労した歴史が少し紹介されています。またもともと海も近かったこともあり工業地帯となる前は沿岸部は殆どが農業/漁業の地域でしたが昭和30年くらいから工業地帯として激変しました。それでもなお漁業の文化自体はいくらかは残されていてあさりなどはまだ愛知県が日本一ですし養殖アユなども然りです。 
 館内には古い洗濯機(なんと脱水をローラーでやったり)とか唐箕(祖父の家にあったのを思い出しました)と過の体験もできるコーナーがあります。
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仕事は半導体デバイス開発。 趣味としているEnduranceスポーツと 日常の出来事を綴ります。

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