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43歳の頂から麓に向かって攻める生き方

43歳頂点論 (新潮新書 1106) 角幡 唯介 (著)

探検家 角幡唯介さんの43歳頂点論。もうこの年を過ぎた自分をとしてはちょっとドキッとする感じですが筆者が探検家として、そして一人の人間として「人生のピークと衰え」に真っ向から向き合った非常にスリリングな論考です。単なる「中高年の処世術」ではなく、肉体的な限界を悟り始めた冒険家が、自らの生存戦略を言語化した一冊といえます。 筆者は冒険家という立場だからこそより体力と気力の限界というものに敏感なのでこのような考察もできているのだと思いますが少なからず多くの人が人生をどこかで下っていくものでなかなか面白い洞察でした。

 筆者は43歳が分岐点である理由について自身の経験と登山家たちのデータから、43歳を「肉体と精神のバランスが崩れ始める極限の境界線」と定義しています。これは以下の3つのポイントが理由付けとなっています。①リスク許容度の変化: 守るべきもの(家族や社会的立場)が増え、かつての「無鉄砲な情熱」だけで動けなくなる時期。②肉体のピークアウト: 40代前半までは、経験値(技術)が体力の衰えをカバーし、総合力で右肩上がりを維持できる。③「死」が現実味を帯びる: それまでは「自分は死なない」という全能感で突き進めたが、43歳を過ぎると肉体の変調を感じ、死の恐怖がリアルに迫ってくる。

 冒険家だからより一層そうなのだろうなと感じたのが”現代社会という「システム」への恐れです。角幡さんは、この「システムに飼い慣らされること」を、探検家としての死であり、人間の生命力の減退であると捉えています。若い頃はシステムの外側(冒険や未知の世界)にいた人間も、40代になると社会的な役割や安定、効率性といった「システムの中」に回収されそうになると感じてしまうのはまさにアリジゴクのような感じといったところでしょうが。 個人的にはそういう生き方もまあ一つの選択肢かなあとは思いますが価値観としてはわかります。人はだれしも「ほかの人とは違う何か」になりたいものだというのはあるのだと感じます。

43歳を過ぎて「下り坂」に入った時、どう生きるべきか。本書は以下の3つの処方箋を提示しています。①「脱システム」の継続: 効率や正解を求めず、あえて面倒なことや未知の領域に身を置き続ける。②「経験」という呪縛からの解放: 過去の成功体験(経験値)に頼りすぎると、新しい発見がなくなる。あえて自分の型を壊す勇気が必要。③「今」を燃焼させる: 未来の安定のために今を犠牲にするのではなく、今の生命力をどう使い切るかにフォーカスする。 ここら辺確かに意識は重要かとは思いました。その上で下り始めたとき、改めて自分は何に価値観を感じているのかということを見つめなおすのがよいのかと思います。自分としては会社生活の中で感じたのはチームとして成果を出していくということのやりがいと達成感でした。個人で事業を興すというところまでは踏み切れてませんが多くの人が協力しながら一つの製品を作り上げるというのはまさにオーケストラのようなもので醍醐味があると感じています。ということでしばらくは与えられた使命に集中しようと思います。

筆者はこの下り坂でもさらに戦うというスタンスを崩してはいません。上記のようにまさに衰えを否定せず、むしろその衰えを燃料にして、社会の枠組みからハミ出し続けること」ということに集約されています。自身も仕事、スポーツともにいつになっても挑戦はし続けられるだけし続ける人生でありたいと思います。

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仕事は半導体デバイス開発。 趣味としているEnduranceスポーツと 日常の出来事を綴ります。

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