EXPERT(エキスパート) 一流はいかにして一流になったのか? ロジャー・ニ―ボン (著)
個人的には熟練者のみがたどり着ける職人の世界というのに憧れがあり、子供の名前にも反映させたのですが自分のキャリアを振り返ると初めの数年を除いてはどっちかというとゼネラリストの方に進んできてしまっています。ということで過去のそんな職人に対するあこがれもあり読んでしまったのがこの本です。単なるスキルアップではなく、人が何かを習得し「専門家(エキスパート)」になっていく「過程(プロセス)」を、科学・医学・芸術など多角的な視点から解き明かした内容です。著者のロジャー・ニーボン氏は、元外傷外科医であり、その後一般開業医を経て、現在はインペリアル・カレッジ・ロンドンで「外科教育学」の教授を務めるという異色の経歴の持ち主。これだけでも頭が下がりますが様々な道に首を突っ込むことで共通項を探す研究を実施。外科医と伝統工芸士、あるいはマジシャンや音楽家など、一見全く異なる分野の専門家たちの間に「共通する成長の道筋」があることを見出しています。ポイントは見習い>職人>達人という3つのStepを踏みながら「不完全な現実世界の中で、身体と感覚を使い、他者と関わりながら学び続けること」。 専門家、達人というと頑固一徹という感じのイメージでとらえられることもありますが実情としては決して「完成された人」ではなく「学び続け、進化を続ける人」ということがわかりました。 具体的内容は以下に↓
1. 成長の3つの段階
ニーボン氏は、中世のギルド(職人組合)の制度になぞらえて、専門家になる道を3つの段階で説明しています。
- 見習い(Apprentice):
- 「模倣」と「時間」の段階。
- 師匠のやり方を徹底的に真似る時期です。退屈な反復練習や下積みを通じて、技術を身体に染み込ませます。
- ここでは「なぜそうするのか?」という問いよりも、まず「言われた通りにやる」ことが求められ、自身の五感を研ぎ澄ますことが重要視されます。
- 職人(Journeyman):
- 「即興」と「空間」の段階。
- 一人前として自立し、自分自身の力で仕事をする時期です。
- 予期せぬトラブルや失敗に対処し、教科書通りにいかない場面で「即興(インプロビゼーション)」を行う能力が試されます。自分の限界を知り、責任を負うことを学びます。
- 達人(Master):
- 「革新」と「人格」の段階。
- 技術を超えて、その人自身の「在り方」や「人間性」が統合される時期です。
- 既存のルールを破り、新しいものを創造したり、次世代に知識を継承したりする役割を担います。
2. 異分野との意外な共通点
本書の最大の特徴は、著者が外科医としての経験だけでなく、「切り絵師」「陶芸家」「戦闘機のパイロット」「ジャズミュージシャン」「ロンドンのタクシー運転手」など、全く異なる分野のプロフェッショナルたちと対話を重ねている点です。
- 外科医と仕立て屋: 人間の皮膚を縫うことと、高級スーツの生地を縫うことには、指先の感覚や「失敗できない緊張感」において驚くほど共通点があります。
- 「暗黙知」の重要性: 言葉では説明できない「コツ」や「勘」がいかにして形成されるかを探求しています。
3. 「失敗」の再定義
一流になる過程で、「失敗」は避けるべきものではなく、不可欠なデータであると説いています。 「見習い」のうちは守られた環境での失敗が許されますが、「職人」になると失敗への対処こそが腕の見せ所となります。エキスパートとは、失敗しない人ではなく、「失敗の予兆にいち早く気づき、修正できる人」のこと。
達人の要件
1. 「退屈な反復」を通過儀礼とする (Doing Time)
達人になるための土台は、見習い時代の「退屈な反復練習」にあります。
- 無意識化(自動化): 縫合の結び目を作る、楽器のスケールを弾くといった基本動作を、考えずにできるレベルまで繰り返します。
- 脳のメモリを解放する: 基礎技術を身体が勝手に行えるようになることで、脳の処理能力(ワーキングメモリ)を空け、より高度な判断や、全体を見渡すことに意識を使えるようにします。
- 要素: 近道を探さず、長い時間をかけて技術を身体に刻み込む忍耐力。
2. 「身体知」と「五感」を研ぎ澄ます
本だけで読んだ知識(形式知)ではなく、経験から得られる感覚(暗黙知)の重要性を説いています。
- 手で考える: 外科医が組織の硬さを指先で感じるように、あるいは陶芸家が土の湿り気を感じるように、言葉にできない情報を五感で収集します。
- 「違和感」への感度: 達人は、「何かがおかしい」という小さな予兆を、論理的な分析の前に直感的に察知します。これは長年の五感の蓄積から生まれます。
- 要素: データや数値だけでなく、自分の感覚を信じ、磨き上げること。
3. 「即興(インプロビゼーション)」の能力
職人から達人へ移行する鍵は、ジャズ・ミュージシャンのような「即興力」です。
- 不測の事態への対応: マニュアルにないトラブルが起きたとき、既存の知識を組み合わせてその場で解決策を編み出す能力です。
- 構造の中の自由: 完全にデタラメをやるのではなく、基礎(型)を熟知した上で、状況に合わせてルールを破ったり曲げたりすることです。
- 要素: 完璧な計画に固執せず、変化する状況に合わせて柔軟に動く適応力。
4. 「境界」を越えて学ぶ
著者のニーボン氏自身が、外科医でありながら、パイロットや仕立て屋、マジシャンと交流したように、専門外の分野から学ぶ姿勢です。
- アナロジー(類推)思考: 一見関係のない分野(例:手術とヘアカット)の間に共通点を見出し、自分の専門分野に応用する力です。
- 視点の転換: 自分の業界の常識に囚われず、外部の視点を取り入れることでブレイクスルーを起こします。
- 要素: 自分の専門領域に閉じこもらず、異分野への好奇心を持ち続けること。
5. 「人間性」との統合
最終的に達人に求められるのは、技術の高さだけでなく、**「人間としてどう在るか」**です。
- 他者への共感: 外科医であれば、手術の技術だけでなく、恐怖を感じている患者にどう寄り添うか。美容師であれば、髪を切るだけでなく、客の人生にどう関わるか。
- 全体性(Wholeness): 仕事の技術と、その人の人格が切り離せない状態になること。
- 要素: 技術をひけらかすのではなく、その技術を使って誰か(患者、クライアント、観客)の役に立とうとする人格的な成熟。



