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法と道徳の間で

あぶない法哲学 常識に盾突く思考のレッスン (講談社現代新書 2571) 新書 – 2020/5/20
住吉 雅美 (著)

ルールは破られるためにある言葉が有名ですがルールありきの世界に慣れているとそのルールが作られた本当の意義や目的が忘れてしまうことがあるという危険性について警鐘を鳴らした本です。科学も一緒ですが常識を疑うということ>たとえとしては池の水を抜いての発見的な感じで書かれています。あまりにも疑い過ぎるのも正直疲れますが常に客観的にみる第3者の自分がいるべきなのだとは思います。特に本当に国が必要なのかという観点から見た国の在り方というのは新鮮な視点でした。ということで筆者の主張は主に3つ。

1. 「常識」と「法」当たり前に思っていることへの疑い(思考停止からの脱却)

  • 「思考停止」の危険性: 筆者は、多くの人が「法律だから」「常識だから」という理由だけで物事を無批判に受け入れている状態を「思考停止」と呼び、これを危険視。
  • 「真面目な悪」への警鐘: 法律や上からの命令を「真面目に」守り、自分の頭で考えないことが、ナチス親衛隊のユダヤ人虐殺(アイヒマンの例)のような「自覚なき虐殺者」を生み出す「悪」につながると指摘。
  • 「飼い慣らされない」ためのレッスン: 社会に飼い慣らされず、自由を失わないためには、与えられた「常識に盾突く」思考をもち、自分の内なる規範を持つことが不可欠であると主張。

2. 法と道徳の峻別(法律の限界に対する認識)

  • 法律は善悪を決めるものではない: 法律は、多くの人が考えるような「正義」や「道徳」と必ずしも一致するものではなく法律はあくまで「ルール」であり、社会を維持するための強制力を持つシステムにすぎないという認識を示しています。
  • 違和感を抱くことの重要性: 法律や判決に対して「納得できない」「おかしい」と違和感を抱く能力こそが、人間が人間として自由である証拠であり、その違和感を追求することが法哲学の存在意義になっています。
  • 功利主義への警戒: 「最大多数の最大幸福」を追求する功利主義が、マイノリティや個人の権利を犠牲にする「選別思想」に傾きやすい危険性についても、具体的な事例(クローン人間、臓器売買など)を通じて警鐘を鳴らしています。

3. 国家や権力に依存しない社会の可能性の模索

  • アナーキズム的視点: 筆者はアナーキズム(無政府主義)の立場から、現在の国家権力や「法化社会」が、かえって人々を不自由にし、思考停止に追い込んでいる側面が指摘されています。
  • 「アナルコ・キャピタリズム」の提示: 国家がなくても社会が回るという「アナルコ・キャピタリズム(無政府資本主義)」のような、極端ながらも論理的な思想を提示することで、「国家は絶対に必要なのか?」という根本的な問いを読者に投げかけています。
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仕事は半導体デバイス開発。 趣味としているEnduranceスポーツと 日常の出来事を綴ります。

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