永続孤独社会 分断か、つながりか? 三浦 展 (著)
下流社会で格差の広がる日本をとらえ10年前には消費からシェアの第4の消費傾向をとらえた本を出し、時代のトレンドをとらえてきた筆者が第4の消費社会を振り返りながらコロナ後も踏まえ第5の消費社会の傾向があることを分析した本。 第4の消費社会では所有から共有(シェア)へ。つながりや絆を生み出す傾向が取り上げられてました。その傾向は確かに一定規模では広がったように思いますが持ったようには伸びていない状況。 さらにコロナ発生でさらなる格差と分断の加速が進んでしまったというのが実情で実際は社会全体に孤独感が広がっているというのが指摘されています。背景としてはますます世界の中で日本の成長が取り残される中で社会には希望が持てない一方で自身の選択に対して自由と自己責任が強調されているというのがあるのではと思います。 現実には「親ガチャ」の言葉が流行ってしまうように周りの環境要因が相当に大きいのが事実でそういった現実に対する無力感というのもあるのでしょう。 興味深いのは恋人がいても孤独と言っている人が増えていること。 これは「設定、価値観、環境、性格」が多少違ってもぶつかっていくのでなく諦めてしまう人が増えていることを示しているようです。*分析として社会が成熟し進化がほとんどない社会で育ってきただけに諦めが生じてしまうのではと。これを象徴する歌がヒゲダンのPretenderだとう指摘です(確かに深読みするとなんかあきらめを感じてしまいますが)。 メタバースなどが進攻してきてますますこの傾向は加速してしまうのではという感じもしてしまいますがその一方でコロナ以降よりつながりを求める揺り戻しも一定あることも指摘はされていますのでこういった観点でも社会の多様化=重層化というのがまた深化してくのかもしれません。この状態を分断というのか社会の厚みが増していると考えるのかある意味、成熟した社会の一つの姿なのでしょう。 ただ巡り巡って世界で活躍する人も増えては来ているしある意味自由にやりたい人にとってはわが道を行きやすくなっているのかとは思います。ともあれ老兵は変な干渉はしないことがベストと感じました。
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