
![]() |
文系の壁 (PHP新書) |
| クリエーター情報なし | |
| PHP研究所 |
理系の思考で文系の問題をとらえたらどうなるかという観点でまとめられた養老孟司さんと4人の理系(出身者)の対談集。
①森博嗣さん: 理系と文系 論理と言葉
②藤井直敬さん: 他者の現実を実体験するVR技術で、人類の認知は進化する
③鈴木健さん: 「唯脳論」の先にある、なめらかな社会の可能性
④須田桃子さん: STAP細胞騒動から ジャーナリズムか、生き物そのものを見るか
そもそも文系や理系だと明確な区分をつけるのは日本ぐらいと聞いたこともありますがこの4人が生粋の理系というわけではないのでそこら辺は境界に居るというか両方ともそれなりに味わっているという観点から選ばれたようです。この本で指摘されているように計算機の発達で文系、理系の境界というのはほとんどなくなってきているように思います。文系でも経済学部の方が理系の実験系の人よりよほど数学を使うのではと思ってしまいますし。理系でも建築とか都市計画とかはむしろ文系に融合しているような気がします。
養老さんはこの観点からむしろ実験室か外でやるのか(いわゆるフィールドサイエンスのようなもの)という区分の方がしっくりくるのではないかという指摘をしています。つまりは実験室のなか、頭の中でやるのか社会、自然の中で実際に起きていることを考えるのかという違いでこの指摘は確かに今までの納得できるものがありました。いわゆるこの文系/理系のお話は1章目の森さんとの対話がメイン。思考と結論のつけ方、導き出し方での違いというのが指摘されています、まあ当然なのかもしれませんが・・・。所詮思考の仕方というのはどっちの分野で勉強したかというよりは素から持っているセンスに強く依存するわけでどっちっぽいという言うのは%の問題のような気もします。あまりこの違いにこだわりすぎても意味は無いかとと身も蓋もないことを考えてしまいました。
もっとも前述した実験系/フィールド系区分で養老さんの考え的なものが出ていたのが最終章の対談です。やんわりと生物での実験系の研究の再現性について非常に厳しいものがある点、ジャーナリズムがあまりにも騒ぎ過ぎたことの弊害というのを批判しており、どきっとする内容でした。実際、研究と実学の間には大きな差分があるというのはどうしてもしょうがないものだとは思いますがそういうところも含めて研究なのだというのは認識しておかなくては行けないのだと思います。そういった意味では文系の方がよほどデジタルに考えているのかもしれません。





Unknown
歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で読めます。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。 その1からラストまで無料です。夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない人が多いですね。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、 既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレにも最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。平城京遷都を主導した聖武天皇の外祖父が登場します。古代の政治家の小説です。気が向いたらお読み下さいませ。(奈良のはじまりの歴史は面白いです。日本史の要ですね。)
読み通すには一頑張りが必要かも。
読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
養老孟司先生の好きな奈良の唯識のお寺が舞台です。