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名古屋の地形が創った歴史

地図と地形で楽しむ名古屋歴史散歩 (歴史新書)
クリエーター情報なし
洋泉社

 名古屋という都市を地形とそれに伴う歴史から読み解いた本です。まさに地形は歴史を創るという内容になっているのかと思います。ちょっと間違えば今の名古屋駅の発展は無かったかもしれない。そんな数奇な運命も教えてくれる本です。
名古屋の地形は名古屋駅を起点に考えると西高東低ならぬ西低東高の地形をしています。なので海表面が今より高かったころは半分ぐらいは今の名古屋の領域は海もしくは湿地帯といった感じであったようです。そんな中でも西端の台地として熱田神宮-名古屋城のところが濃尾平野に南北に伸びる名古屋台地(熱田台地)となっており名古屋城はその北端に当たります。大阪―江戸の東海道の要所を守る軍事上の拠点として清須からの役割を持ってきたというのが背景としてありますがその軍事的な目的として要塞を作りやすい場所に名古屋城が設置されたようです。この台形状で上面が平坦な台地がナゴという平坦地を意味を表す言葉で表されナゴヤという名前が出来たのではという説もあり。とはいってもこういった台地では昔は水の確保に苦労したらしく堀川に始まり江川、黒川、そして名古屋港につなぐための中川など昔は水路を整備した街だったようです。これらの一部は今は埋立てられ地名だけは残り暗渠として活用されています。 名古屋も昔は中心は清須そして東海道では熱田、それに付随して整備された有松あたりがにぎわいがあったわけですが今の流れを見ると名古屋駅周辺に再開発が進んで賑わいの中心は段々と変化してきているようです。ただこの土地は昔は低湿地帯。しかも名古屋の場所自体は中山道のルートとの競争で海側の東海道がメインにならなければここまで栄えることは無かったので皮肉なものです… そして名古屋は半分は工業都市としての役割が大きいですがそのルーツは1500年前に渡来人が始めた須恵器などの焼き物でこれらが工業製品として高い価値を生み出したようです。この歴史はINAXや日本ガイシ、ノリタケなど一連の陶磁器をベースとした工業発展につながりましたし形を変えてトヨタという企業をこの東海地方にとどめさせているベースを作ったのかもしれません。この陶磁器産業は常滑、瀬戸という2つの大きな産地に派生しているのですがその瀬戸から輸出のために名古屋城の脇の堀川まで昔は電車が走っており、堀の中に終点があったようです。電車自体は今の名鉄瀬戸線に引き継がれておりますがお堀駅自体廃止となっています。
 昔は地形が歴史を創るという要素が大きかったのですがかなり地形のネガティブなポイントは人間自身で解決できるようになって来ました。ただこれらは災害になった時こそ本質的なところが判ったりするものですしこういった背景を知っておくことことで防災にはつなげることはできると思います。
特に名古屋周辺では液状化、津波、河川氾濫に注意の必要あり、これら関しては地形の成り立ちが非常にポイントになるところかと思うのでこういった地形と歴史の成り立ちを考えておくことがよさそうです。

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仕事は半導体デバイス開発。 趣味としているEnduranceスポーツと 日常の出来事を綴ります。

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