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チュニジア旅行記


チュニジアは地中海よりの北アフリカにある国です。サッカーで日本と対戦したこともあり、記憶に残っている方も折られるかもしれません。日本から行くとエジプトよりも西にあり、ドバイより飛行機を乗り継いで半日近くかかります。人口は約1020万人、国土は日本の5分の2程度の国ですが北部を中心とした沿岸部にはコバルトブルーの地中海に白い砂浜が広がり、リゾート地としての一面を持つ一方、南部はサハラ砂漠が控えており、自然のドラスティックな変化を肌を感じることのできます。南部の土地は映画「スターウォーズ」や「イングリッシュペイシェント」の撮影の舞台にもなりました。 首都のチュニスは緯度としては仙台ぐらいにあり、湿気がさほどないことで内陸部に広がる砂漠を除く沿岸部では1年中を通じて過ごしやすい気候に恵まれています。そんな肥沃な土地に恵まれたせいか、紀元前9世紀以降に入植した英雄「ハンニバル」を生んだフェニキア人に始まり、ローマ帝国、イスラム、オスマントルコ、そしてフランスの支配下に置かれた植民地時代と近代に至るまで覇権を争う壮大な歴史絵巻が繰り広げられた、まさに歴史と自然の交差点というべき国です。チュニジアにある世界遺産は文化遺産で7件、自然遺産で1件を数えており、その片鱗を感じさせてくれます。
 一日目は北アフリカでも屈指の大都市といわれる首都のチュニスで旧市街(メディナ)を観光。植民地時代に発展し、ビルの立ち並ぶ新市街と対照的に旧市街ではカルタゴの遺跡から流用された柱を用いたモスクが残っており、今も現役です。旧市街には狭い路地に多くのお店が軒を連ねています。 市内の国会議事堂脇にあるバルドー博物館は「チュニジアのルーブル」といわれる考古博物館で中でもローマ帝国時代、オスマン帝国時代で作られたモザイクと呼ばれる大理石や自然石、陶器の破片を組み合わせて作られた壁画のコレクションは世界でも髄一のもの言われています。建物自体もオスマン帝国時代に宮殿であったということで木彫りで装飾された天井などすばらしい内装がそのまま残されています

↑メディナ(旧市街)にあるグランド・モスク
 9世紀アグラブ朝時代に建てられ今も現役    

↑バルドー美術館のモザイク 元宮殿の中に展示
 2日目は「サヘル地方の真珠」と呼ばれる沿岸部の都市「スース」を観光。海に程近くアラブ軍の侵攻の砦ともなった都市で温暖な気候と綺麗な砂浜にも恵まれ、現在では夏のビーチリゾート、冬の避暑地としても人気が高いところです。メディナ(旧市街)にはチュニスと同じようなグランド・モスクとアラブ人の侵攻の前線基地であったリバトという砦跡が残っています。メディナに狭い路地の中に商店が軒を連ねており、日本人観光客が多いこともあるのか歩いていると声を掛けられます。お土産ものを買おうとするとたいていは値段をふっかけられるので交渉しなくてはいけません。気づいたら初値の半額まで下がることも。
その後はローマ時代に造られた円形闘技場へ。円形闘技場というとローマのものが有名ですがチュニジアにある円形闘技場は現存するものの中ではローマ、ヴェローナに続く世界第三位の大きさを誇っていて保存状態も非常に良いことが特徴です。昔はここで猛獣と人間同士が決闘を行っていたとの事で控え室やトイレ跡なども残されています。
    
 ↑スースのリバト(要塞跡)    


 ↑エルジェムの円形闘技場 ローマ時代の遺産

 3日目は2日目夜に移動したサハラ砂漠の入り口にあるドゥーズへ移動。ターバンを巻いてもらってラクダに乗って気分は遊牧民になりきり、サハラ砂漠から登る幻想的な日の出を眺めてきました。砂漠の地平線から登る朝日はとても美しく、徐々に空が太陽でオレンジ色に染まっていく一時は時間としてはあっという間ですが心が洗われる気分でした。
  ↑サハラ砂漠に昇る朝日        

 ↑ラクダに試乗 1時間ぐらい乗りました
 3日目はイスラム教ではメッカ、メディナに次ぐ第3番目の聖地に数えられているケロアンを観光。イスラム教信者であればメッカに巡礼出来なくとも7回ケロアンに巡礼すれば1回メッカに行ったのと同じ効果のあるような場所との事です。 ちょうどイスラム教の創始者であるムハンマドの誕生日にあたっていたためお祭りが開催中でにぎわっていました。
その後はこれまたローマ時代の遺産であるドゥッガ遺跡へ。ローマ時代の遺跡の中でもチュニジア内ではもっとも保存状態の良い遺跡として知られており、見晴らしの良い丘の上にあって周りにも視界をさえぎるものが無いので景色も開放的ですばらしいです。ローマ人もこの景色を楽しんでいたことでしょう。円形劇場やフォーラムと呼ばれる広場跡、家だけでなく、公共の浴場やトイレの跡地なども残されており、当時の生活ぶりを伺い知ることが出来ます。全盛期にはここに1万人の人が住んでいたとの事です。
  
↑ケロアンのグランド・モスク   


↑ドゥッガ遺跡
最終日はチュニジアの中で最も美しいといわれる都市=シディ・ブ・サイドへ。この都市の名前の由来はフランス国王(ルイ9世)のイスラム教徒へ改宗した時の名前だとか。
チュニジアンブルーと呼ばれる青い扉と白い壁の建物に空と海の青さが映えたすばらしい風景が広がっています。まるでアンダルシア地方のような雰囲気です。
映画に出てきそうなカフェやお土産物屋さんが石畳の道沿いに軒を連ねています。

 
↑白い壁にチュニジアンブルーが映える  

気が付けばあっという間の日々でしたが美しきチュニジアを満喫してきました。アフリカというと色々と不安もありますが、チュニジアはむしろヨーロッパに近く、治安も日本よりも良いといわれるぐらいなので非日常を味わえる空間としてとてもお勧めできる国です。

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仕事は半導体デバイス開発。 趣味としているEnduranceスポーツと 日常の出来事を綴ります。

3 Comments on “チュニジア旅行記

  1. Unknown
    治安が悪くないというのが良いね。水は大丈夫だった?
    本当は中東に行ってみたいんだけど。。。

  2. 素晴らしいご旅行で何よりです!
    アフリカなので,ikumuさん同様,治安が悪いのかなと
    思っていましたが,何事もなくて本当に何よりです.
    そして,本当に素晴らしい旅行だったようで,
    自分も一度は行ってみたくなりました.

    …にしても,これほどまでに遺跡が
    沢山残っていることが驚きです.
    この辺はローマに敗れたカルタゴがあった地域ですが,
    ローマ軍が進駐した際に,殆ど壊されたものだとばかり
    思い込んでおりました.

    それだけならまだしも,
    ここまで建造物がローマ風だとは….
    モスクがあることも効力すると,
    イスラム文化と混じって,いい感じに
    異国情緒が楽しめる国になっていたのですね.

  3. ありがとうございます
    >ikumuさん
    水はさすがに水道はダメでしたがミネラルウオーターは安いので不自由はありませんでした。ただ生野菜はガイドさんは避けた方がよいかもとの話でしたが… 自分は食べましたが特に腹を壊すことはなかったので大丈夫かと思います。

    >miuさん
    是非ぜひお勧めです。
    イスラム圏とヨーロッパが混ざった感じを楽しめます。トルコとかと雰囲気は近いのかなあと思いますが+海のリゾートでお得な感じもあります。
    イタリア人やフランス人のリゾート地としても人気が有るそうです。

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